【007 スぺクターの舞台裏】墓地と墓:イタリアと日本の違い

「いや~、映画ってほんとに勉強になりますね」

富山の墓石専門店㈱スナダ石材のメモリアルアドバイザー・砂田嘉寿子が、あの水野春朗さんバリに映画に出てくる「お墓」について解説しようというコーナーの第二作目は「007 スぺクター」です!

「死者の日」の祭りのシーンから始まる今作

今回の「007」は、メキシコ・ローマ・ロンドンが舞台となり、オープニングはメキシコシティの「死者の日」の祭典。
映画館でみると、圧巻なシーンでした。

この祭りでは、巨大な骸骨がのっている山車が出てきたり、色とりどりの衣装に身を包んだ人がストリートを練り歩いているのですが、みな骸骨のマスクを被っているので、誰が誰だか分からず、映画の緊張感を高めてくれます。

「死者の日」は、キリスト教ですべての死者のために祈りを捧げる日であり、万霊節ともいいます。

メキシコ以外でもヨーロッパの国々では、この「死者の日」には、墓に飾りをほどこしたり、花を飾るなどの文化として今も残っています。
日本でいうところの「お盆」に近い行事といえるでしょう。

博物館を歴史あるヴェラーノ墓地に見立てて撮影

こちらは、悪名高い犯罪者の元妻が、殺された夫の葬儀に参列しているシーン。

007 スペクターより

イタリアでは古くからある壁式墓地になっていますね。
ボンドは、彼女と出逢ったことで、悪の組織「スぺクター」の存在をつきとめます。

このシーン、本当は200年の歴史を持つローマのヴェラーノ墓地で撮影する予定だったのですが、撮影の許可が下りず、ローマ文明博物館前の外装を変更し、ヴェラーノ墓地に見立てて行われたそうです。

イタリアの墓地は各都市に大きな墓地がある都市墓地となっていて、市が管理する形となっています。
映画の舞台の見本となったヴェラーノ墓地もその一つで、墓地はさながら野外美術館のようで、芸術性の高い墓を見て回ることができます。

イタリアの墓地と日本の墓地の違い

日本の墓地のイメージというと、三段型の四角の墓石がズラーっと並び、墓地は暗くて怖いというイメージがあります。
最近では、デザイン墓や洋墓など、霊園によっては公園のような雰囲気が持つものもできていますが、日本各地の墓地というと、やはり画一的で陰鬱な場所として思い出す人が多いです。

しかし、イタリアにとどまらずヨーロッパの「都市墓地」は、大理石やブロンズの彫刻の墓が芸術作品のように所狭しと立ち並び、それぞれが個性を持ち、自己主張しています。

007の舞台見本となったヴェラーノ墓地は、観光客のために墓地の見学ツアーが組まれているほどで、写真愛好家がお墓や墓地の写真撮影のために訪れることでも有名です。

特に、先述の「死者の日」前後には、たくさんの人が墓参りに訪れるため、墓地も賑やかで、色とりどりの菊の花が供えられているのが目に入ります。

公権力と宗教権力のせめぎ合い:イタリアの墓地が生まれた時代背景

この野外美術館のような美しいイタリアの墓地は、どのようにして生まれたのでしょうか。

古代ローマでは、「死者を都市の城壁内に葬ることを禁止」されていましたが、キリスト教が成立すると、居住区である城壁内のキリスト教の教会に葬られることが普通になっていき、それは18世紀まで続きます。

そんな時代の中で、フランスではルイ16世により、教会内への埋葬を禁止する勅令が出されます。
これは、居住区内の教会での埋葬が、医師らにより衛生的に問題視されたためです。
それにより、フランスの墓地造営と管理は市当局にゆだねられたのですが、この動きはヨーロッパ各地で広まり、イタリアでも同種の法令が出されます。

その時代、君主が国を統制していたヨーロッパ各国は、貴族や教会の伝統的既得権の廃止と、宗教権力の弱体化を図るために、墓地政策を大いに利用しようとします。
民衆の「死」と「信仰」のつながりを弱めようという狙いがあったのです。

イタリアでも、それまでは身分によって埋葬場所が異なっていましたが、新しい墓地では身分的平等が保証され、それまでの宗教的色彩を排除した、画一的な「死者の貯蔵所」と化した墓地が作られます。

しかしそうした形態の墓地は、時の権力者の死とともに作りかえられ、ふたたび埋葬の場に階級の差があらわれ、礼拝堂が建つようになり、現在のイタリアの墓地の原型が作られていきます。

イタリアの都市墓地は、古代の芸術の復活という、当時の文化に大きく影響されたため、多くの建築家や彫刻家の活躍の舞台となり、私たちは今日、その芸術を垣間見れるわけですね。
(参照:「イタリア・都市墓地の成立」 竹山博英)

イタリアと日本の大きな違いと類似点

イタリアの「死の儀礼」を司る「教会」に対して、日本の葬祭は「寺」が司っています。
しかし墓地に関しては寺墓地ばかりでなく、公営墓地や民間墓地、また村墓地などの共同墓地など住宅街にも墓地が混在する日本。管理者も墓地の形態によって異なります。

対してイタリアでは、基本的には市が運営している大きな墓地が都市ごとに一ヶ所(数か所のところも)あり、墓地は都市の一画に集中しています。

日本は歴史的にみても、民衆の墓地は天皇の墓の近くに埋葬するなと定めたくらいで、「死」に関しての宗教儀礼に干渉することはありませんでした。

しかし、江戸時代には檀家制度が敷かれ、寺が自治的な役割をになうようになると、武士だけでなく民衆も仏塔としての墓を建てるようになります。
そこで、明治維新が起こるのですが、この背景には寺院の政治的な力を弱めたいという思惑があったとされています。

宗教と政治のつながりが弱まった近代の日本ですが、檀家制度の名残りである「家」の観念は根強く、家制度が崩壊したにも関わらず、墓や墓地に関しての責任は、現在も「家」がになっています。

イタリアが宗教を押しつぶそうとした結果、宗教を求める民衆によってふたたび墓地に宗教的色合いが残り、それが美として現れたのがイタリア。

対して、日本は宗教勢力を政治と切り離そうとした結果、仏塔としてのお墓、墓地整備は弱まったものの、宗教に代わり「家」が台頭してきました。

現在の日本も、イタリアやヨーロッパ各国が歩んだプロセスを少しずつ踏襲している感がありますが、墓地に関しては日本独特の形態がまだまだ混在していて、それが私たち日本人の歩みを映し出しているようです。

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